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札幌高等裁判所 昭和47年(ネ)354号 判決

控訴人 池岡実

〈ほか三名〉

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 中島達敬

右同 彦坂敏尚

右同 渡辺正雄

被控訴人 日本国有鉄道

右代表者総裁 藤井松太郎

右訴訟代理人弁護士 鵜沢勝義

右同 鵜沢秀行

右訴訟代理人被控訴人職員 堀部玉夫

〈ほか八名〉

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が昭和四四年八月八日控訴人らに対しなした日本国有鉄道法三一条の規定による各戒告処分は、いずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一被控訴人の本案前の主張(原判決三枚目表一行目から同六枚目裏二行目まで)に対する判断

右主張に対する当裁判所の判断は、原判決理由欄中、同二〇枚目表二行目から同二五枚目表一〇行目までの説示と同一であるから、これを引用する。

〔一 被告は、本件戒告処分は公法上の処分であると主張するので、この点について判断する。

国鉄法一条、二条によると、被告は、従前国が国有鉄道事業特別会計をもって経営していた鉄道その他一切の事業の経営を引き継ぎ、これを能率的な運営により発展させ、もって公共の福祉を増進することを目的として設立された公法人であることは明らかであるが、鉄道事業は、本来権力的業務をその本質とするものでなく、私企業経営によっても同一の目的を達成することができる性質であることにかんがみると、被告の事業が公益性を有し、また被告が公法人組織であるからといって、ただちに被告とその職員との労働関係が公法上の関係にあると断ずることはできず、結局右労働関係がどのような関係にあるかは、国鉄法などの実定法の各規定の解釈によって決定するほかない。

そこで考えると、まず被告の職員が憲法一五条に規定する「全体の奉仕者」である公務員に該当するとしても、憲法の右規定は、職務上公益のみを指針として行動すべきであると解される公法人の職員をも含めてこれを公務員と指称したうえでその基本姿勢を宣言的に表明したものにすぎず、具体的な法律関係を規律しようとしたものではないから、右規定から被告とその職員との労働関係が公法上の関係にあると断ずることはできない。

つぎに、国鉄法、公共企業体等労働関係法(昭和二三年法律二五七号、以下「公労法」という。)の各規定についてみると、被告の役員および職員は法令により公務に従事するものとみなされ(国鉄法三四条一項)、または職員の任免の基準、給与、降職、免職、休職、懲戒ならびに服務基準について国家公務員の場合と同様の規定が存するけれども(同法二七条ないし三二条)、一般的に、役員および職員には国家公務員法(昭和二二年法律一二〇号)は適用されず(国鉄法三四条二項)、したがって被告と職員との関係は、国の優越的な支配関係を認める国家公務員法の規律する国と国家公務員との関係とは著しくその趣きを異にするものといわざるを得ない。さらに被告の職員の労働関係に関しては、公労法の定めるところによるとされ(国鉄法三五条)、公労法八条によれば、被告の職員は、賃金、給与、休暇などに関する事項、昇職、降職、転職、免職、休職、懲戒の基準などに関する事項、労働の安全などに関する事項、そのほかの労働条件に関する事項を団体交渉の対象とし、これらに関し労働協約を締結することができるなど、労使間の自治を広く認めており、また被告と職員との間に紛争が生じた場合の解決のために、公共企業体等労働委員会による調停仲裁の制度が設けられており(公労法二七条ないし三五条)、右いずれの場合においても、国家公務員法による国家公務員(いわゆる現業を含む)に対する取扱いとは著しく異なると考えられる。もっとも、公労法一七条においては、職員あるいはその組合は公共企業等に対して同盟罷業、怠業その他業務の正常な運営を阻害する一切の争議行為を禁止する旨規定されているが、この規定は、公共企業等の事業の公益性を重視して法が職員の労働基本権に制限を加えたものと解せられ、被告とその職員との労働関係の基本的法的性格に影響を及ぼすものではないと考えられる。以上によれば、被告とその職員の労働関係は、基本的には支配、服従の関係を内容とするよりは、むしろ対等、自治の関係を内容とする私法的関係であると解するのが相当である。国鉄法三一条の規定によれば、被告の総裁が職員に対する懲戒権限を有する旨定められているが、これは、懲戒処分の性質にかんがみ、被告の代表者である総裁に対し法律が特にその決定権を与えたものであると考えられるから、右規定は、被告とその職員との労働関係についての前記判断の妨げとなるものではないというべきである。また公務員等の懲戒免除等に関する法律(昭和二七年法律一一七号)二条および日本国との平和条約の効力発生に伴う国家公務員等の懲戒免除等に関する政令(昭和二七年政令一三〇号)一条において、政府が被告の職員のうち昭和二七年四月二八日前の行為について懲戒の処分を受けたものに対し、将来に向って懲戒免除する旨規定されているが、これは、被告の職員については、その大部分が国鉄法施行の際国家公務員から移行した事実にかんがみ、法律が特に右のような取扱いをしたものと考えられるところであるし、右政令二条によると、右法律により懲戒免除の対象となるもののなかには、弁護士、税理士、公認会計士なども包含されているから、右の各規定は、現行国鉄法の規律する被告とその職員との労働関係の性質を左右するに足りるものではない。

以上によれば、被告とその職員との労働関係は、基本的には対等、自治を本質とする私法的関係であり、国鉄法三一条にもとづいてなされた本件戒告処分は、行政庁の処分とはいえないから、この点についての被告の主張は採用することができない。

二 被告は、本件戒告処分は単なる過去の法律事実にすぎないから確認の対象とすることは許されず、不適法であると主張するので、以下この点について検討する。

被告の総裁がその職員に対して行なう戒告処分は、法令、義務違背行為あるいは非違行為を行なった職員に対しその責任を確認し、将来を戒しめることを内容とするものであるが、免職、停職、減給と並んで国鉄法三一条に明定された一の懲戒処分であることにかんがみれば、単なる注意、訓告などの処分とは異り少くとも雇傭契約上の地位に不利益な影響を及ぼすべき措置が付着させられることを予定された性格を有するものと解すべきところ、≪証拠省略≫によれば現に被告と国労との間に、被告の総裁から非違行為ありとして戒告処分を受けた職員に対しては、当該年度の昇給に際しては、定められた限度において昇給延伸措置がとられる旨の協約が締結される慣行が存することが認められる。そして≪証拠省略≫によれば、昭和四五年四月期における昇給についても同年五月八日被告の総裁と国労との間において協定が締結されたことが認められ、右協定および被告の規程により原告らが昭和四五年四月期の昇給に際し本件戒告処分がなければ原告らが受けるべき俸給号俸より一号俸を減じられたことは当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によれば、原告らは右の昇給延伸により右昇給期後受けるべき各種手当などの給与面、退職金、国鉄共済組合年金の支払いなどについて不利益な取扱いを受けることを免れないことが認められる。

ところで被告とその職員との間に戒告処分の効力について紛争が存するとき、当該職員はその無効を理由として、戒告処分の結果とられた昇給延伸措置によりこおむる前記各種手当などの不利益について逐一当該昇給延伸がなかったならば受けたであろう差額の支払を求めて給付訴訟を提起することは、もとより全く不可能なことではないが極めて困難なことを強いることとなるばかりでなく被告と職員との雇傭契約が多数の権利義務を包括する継続的契約関係であることの特殊性にかんがみると、基本的な契約関係の内容となる戒告処分の効力の有無を判決などにおいて公権的に確認することにより、右処分の効力の有無を前提として派生する具体的な権利関係についての紛争は大部分労働関係の法令、協約、就業規則などの企業内規則、あるいは労使慣行などにより自ら決定されその紛争が解決されることが一般的に期待でき、その結果被告と職員との間に存する現在の紛争を抜本的に解決することができるから、紛争解決の直截簡明さの観点からしても端的に戒告処分の無効確認の訴をも適法として許すのが現在の紛争を解決するために適切かつ相当であり、戒告処分は法律関係の発生、消滅、変更の原因となる過去の法律事実にすぎないとの一事をもって、戒告処分の無効確認の訴を不適法と解するのは、余りに形式的にすぎ、訴訟経済の要請にももとるものと言わざるをえないし、右のように考えるならば戒告処分の無効確認というも、ひっきようするところ、現在における戒告処分の効力の有無についての確認と理解されるから過去の法律事実の確認であると断ずるのも相当でない。

昭和四五年四月期における原告らの昇給が一号俸減じられたのは、被告昇給に関する規程の適用によるものではあるが、その具体的適用は、同年度の昇給に関する組合と被告との間の協定において戒告一回に処せられたものは一号俸を減ずるものと定めたことによるものであることは弁論の全趣旨に照らし当事者間に争いがないものと認められる。

そこで、原告らについて、昭和四五年四月期の昇給について、一号俸を減じられる結果を生じたのは、右協定の効力によるもので、戒告処分の直接の結果ではないと考えられないでもない。

しかしながら、右協定もその適用については、当然に、有効な戒告処分の存在することを前提とし既になされている戒告処分をすべて有効としてなされたものではないと考えられ、また前記認定のとおり、右のような内容の協定を結ぶことは組合と被告との間の慣行として例年繰り返されていたものであることを考えると、原告らにおいて昇給を一号俸減じられたのは右戒告処分の結果であると解すべきであり、戒告処分の効力の有無が、原告らと被告との間の権利関係に関する紛争をなしているものということができる。

以上によれば、本件原告らの戒告処分無効確認を求める訴はその確認の利益があり適法というべく、この点について被告の主張は理由がなく採用することができない。なお、原告らは、右戒告処分無効確認請求と選択的に原告らが被告に対し戒告処分の付着しない雇傭契約上の地位を有することの確認を請求しているが、原告らが被告に対して雇傭契約上の地位を有することは当事者間に争いのないところであるから、原告らの右請求は、結局戒告処分の無効確認を求めるに帰着するので直截簡明さの点から考えて、前記戒告処分無効確認請求の方が優れると考える。〕

第二本案に対する判断

一  控訴人らがいずれも被控訴人の職員で、控訴人池岡実及び同秋葉靖広が札幌駅構内作業掛、控訴人本間幸一及び同毛利俊明が札幌運転区検修掛としてそれぞれ職務に従事していたものであるところ、被控訴人の総裁が、昭和四四年八月八日控訴人らに対し、被控訴人の就業規則六六条三号(上司の命令に服従しないとき)及び一七号(その他著しく不都合な行いのあったとき)に規定する事由にあたる行為を行なったとして、国鉄法三一条の規定に基づいて控訴人らをいずれも戒告処分に付する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、控訴人らが右戒告処分の事由に該当する行為を行なった事実があるか否かについて検討する。

(一)  控訴人らが行なった行為、その原因、態様、前後の経過等は、次のとおり付加するほか、原判決理由欄中、同二五枚目裏七行目から同二六枚目裏八行目まで、同二七枚目表一二行目から同三二枚目裏一三行目までの当事者間に争いがない事実及び原審認定の記載と同一であるから、これを引用する。

〔1 原告池岡が昭和四四年四月一四日午前八時四〇分頃札幌駅輸送本部操車連結詰所(以下単に「操連詰所」という)に備付けのロッカー一個の扉の表面に国労作成のビラ二枚を紙粘着テープで貼付したこと、原告秋葉が同月一四日午前八時四〇分頃前同所に備付けの自己および他の組合員のロッカー合計一〇個の扉の表面に国労作成のビラ合計一九枚を紙粘着テープで貼付し、同月一六日午前八時四〇分頃右同様ビラを貼付したこと、原告本間、同毛利の両名が同月一五日午後零時から一時までの間に、札幌運転区検修詰所(以下単に「検修詰所」という)において他の国労の組合員と共に同所備付のロッカー五六個の扉の表面にビラ五六枚をセロテープで貼付したことはいずれも当事者間に争いがない。

2 ≪証拠省略≫によれば、被告内部における物品の調達、運用、管理について、物品管理規程および物品事務基準規程がもうけられていることが認められ、右両規程によれば、原告らが本件においてビラを貼付した前記ロッカーは、会計整理上は備品であり、用途上の区分では、調度用品とされ、物品出納員である札幌駅長あるいは札幌運転区長の責任において保管され、職員の使用を許しているものと解される。そうすると、原告らがビラを貼付した各ロッカーは、被告の物的施設の一部を構成するものといわざるをえない。

そして被告は、能率的かつ適正な鉄道事業の運営により、公共の福祉を増進することを目的として設立されたもの(国鉄法一条)であるから、それを究極的な目標とし、各種物的施設を右目的に適合するよう運営、管理する権限を有しており、≪証拠省略≫によると被告はその管理する施設に許可なく文字等を掲示することを禁じ、組合に対しては掲示板の設置を認めるが、右掲示板以外の場所に組合の文書を掲示することを禁じていることが認められる。〕

〔(1) まず原告らの右ビラ貼りがなされるに至った経緯についてみるに、≪証拠省略≫によると原告らの本件ビラ貼付に先立って、国労本部は、昭和四四年三月頃同年度の賃金引上げ要求および一六万五千人の減員を内容とする合理化案反対を目的として、同年四月一三日以降のビラ貼り、リボン斗争、時限ストを含んだいわゆる春斗に臨むにあたり、行動方針について全国各地方本部に指令を出し、これを受けた国労札幌地本の指令にもとづいて、同札幌支部においても執行委員会で具体化方策を決定し、同月一〇日頃さん下の各分会に対して、右斗争の実施を指令したことが認められる。そして≪証拠省略≫によると、札幌地本は右の指令にあたり、ビラ貼付行動については、組合員が各自職務上使用の許されている職場に備付けのロッカーに勤務時間外において貼付するよう指示したこと、さらに同支部さん下の札幌駅分会においては、同月一〇日すぎ頃分会委員会でビラ貼付には粘着テープを用いることにしたことがそれぞれ認められ、また≪証拠省略≫によると、同支部さん下の札幌運転区分会においては、昭和四四年四月初めころ執行委員会を開いて前記札幌地本の指令の実施について協議したところ、同分会において指令のあったビラ貼り行動を実施することは困難な状況にあったことから、その実施を同分会青年部に委託することに決定した。そこで同分会青年部においては、その頃右決定をうけて、集会を開いて検討した結果、青年部の組合員が各自昼の休憩時に、同運転区検修詰所に備付けの組合員が日常使用されているロッカーにセロテープでビラを貼付することとし、白紙のビラ用紙に各自が要求事項を記入してビラを作成し、貼付行動に備えたことが認められ右に反する証拠はない。

(2) 次に原告らそれぞれの具体的行動について検討する。

イ 原告池岡が国労札幌支部札幌駅分会の組織部長の地位にあったことは当事者間に争いのないところ、同原告は、右のような経過ののち、前記(第二、二、1の池岡に関する部分)のとおり本件ビラ貼付行為を行なったのであるが、≪証拠省略≫を総合すると、同原告は、昭和四四年四月一〇日頃から右柴田助役から組合掲示板以外の施設へのビラ貼付を禁止されていたのにもかかわらず、前記札幌駅分会執行部の決定にしたがい、前記日時場所において、他の職員は勤務中であるのに自己が日常使用しているロッカー扉の表面に、「一六万五千人の人べらし合理化をはね返そう」および「七〇年安保にむけ春斗を力つよく斗いぬこう」と白紙に青、赤色で各印刷された国労作成のビラ二枚を並べて貼付したところ、ちょうど同原告の右行動を現認した右柴田をはじめ野村各助役、有福宏満、尾崎武各運転掛らが、同原告に対し「ビラを貼ってはいけない。」と注意し、貼付された二枚のビラをはがすよう促したが、同原告はこれを無視して応じなかったため、右有福、尾崎の両名がやむなく各一枚宛ビラをはがしたところ、同原告は、「何をするんだ。組合の財産に手をかけるな」といって、両名の手からビラを取り戻し、柴田らが目前で再三にわたって制止したにも構わず、再度前同様の方法でロッカーにビラを貼付したが、その際尾崎の肩を押し、あるいはビラをはがそうとした柴田の手を払いのける行為におよんだものであることが認められ、つぎに述べる点を除いては、右の認定に反する証拠はない。すなわち、右認定事実のうち同原告が尾崎の肩を押し、あるいは柴田の手を払いのける行為におよんだとの部分について、同原告の本人尋問のなかにこれと相反する供述部分が存するが、右に認定した同原告が右行為におよぶまでの経過あるいは≪証拠省略≫に照らすと、同原告の右供述部分は採用することができない。

ロ 原告秋葉が国労札幌支部札幌駅分会執行委員の地位にあったものであることは当事者間に争いのないところ、≪証拠省略≫を総合するとつぎのとおりの事実が認められ、その認定に反する証拠はない。すなわち、原告秋葉は、原告池岡と同様前記札幌駅分会執行部の決定にしたがい、同月一四日午前八時四〇分頃前記場所において同所備付けのロッカーの扉の表面に国労作成のビラを貼付しようとしたところ、その場でこれを認めた前記柴田あるいは野村らから、「ビラを貼ってはいけない」と再三ビラ貼りを中止するよう指示されたのにこれを全く無視し、原告秋葉はじめ一〇名の国労組合員である被告の職員が同職場において日常使用を許されているロッカー合計一〇個の扉の表面に、札幌地本に委託されたと称し、前記原告池岡が貼付したと同内容のものあるいは「新賃金三万三千円要求をストでたたかいとろう」、「ストで大幅賃上げ獲得首切り合理化粉砕」などと印刷されたビラをロッカー一個に二枚宛を並べて(うちロッカー一個について一枚のものがある)、合計一九枚を紙粘着テープで貼付した。

さらに、≪証拠省略≫を総合すると、原告秋葉は、同月一六日の午前八時四〇分頃にも、前記日時場所において前同様の方法で備付けロッカーにビラを貼付し始めたので、これを発見した柴田、野村らが、同原告に対し「ビラを貼ってはいけない。はがしなさい」と言って再三にわたって制止したのに、同原告は、「貼って何故悪いのだ。当然の権利だ」と返答し、柴田らが貼付されたビラをはがそうとすると、「組合のものにさわるな」と言いながら柴田らの手を払いのける行為におよび、結局札幌地本に委託されたと称し、国労の組合員である三上潔操連掛ら三名の者が職務上使用を許されているロッカー三個の扉の表面に各二枚宛並べて合計六枚のビラを前同様の方法で貼付したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

ハ ≪証拠省略≫によると、原告本間は国労札幌支部青年部長、同毛利は同支部運転区分会青年部長の地位にあったものであり、両名は前記青年部の決定にしたがい、前記(第二、1の本間、毛利に関する部分以下本項において同じ)日時場所において、「合理化反対」、「C交粉砕」、「検長会議は当局の会議だ直ちにやめろ」などと手書した前記ビラを前記のとおり貼付した(但し前記五六個のうちの五五個)ところ、これを現認した大塚勇次検修助役が、両名らに対し「職場内にビラを貼ることは違法であり、許可されていない。直ぐはがすよう指示する」旨注意したのに、両名は「地本の指示だからはがされない。斗争が終るまでこのままにしておいてくれ。はがしたら今度は糊で貼るぞ」と返答して、右大塚の指示にしたがわなかったことが認められ、この認定に反する証拠はない。さらに前掲各証拠によると、原告本間は、同日午後零時五五分ころ右の貼付につづいて前同所において前同様の方法により自己が日常使用を許されているロッカー扉の表面に、「安全、安全と言いながら気の許すひまをあたえない当局だ。この様な事では我々の安全は保障されない。もっと考えてほしい」と前記白紙のビラ用紙に手書したビラ二枚を並べて貼付したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(3) ≪証拠省略≫によると、検修事務室は、職員の詰所として使用され、南北一〇・四七米、東西九七・〇米の極めて東西に細長い長方形の部屋で、その北側壁に沿って高さ一八〇糎、巾八八糎上下二段四個一組のスチール製ロッカー六〇組(二四〇個)が南に向けて一列に設置されていたこと、原告本間、同毛利らが前認定のビラを貼付したロッカーはそのうちの五六個であること、貼付されたビラは、縦の長さは約四〇糎横の長さは約一三糎の統一された大きさの長方形で、その下部に国鉄労組札幌地本と印刷され、その余は白紙となっている個所に前記認定のような文言を手書したものであること、また操連詰所は、同様職員の詰所として使用され、南北五・六米、東西二一米の東西に長い長方形の部屋で、その中に前記検修詰所のロッカーと同規格のロッカーが南東隅に東に向けて二組(八個)、北に向けて二組(八個)、北側壁の中央よりやや東寄りに二組(八個)が設置されていたこと、原告池岡、同秋葉が前認定のビラを貼付したロッカーは右のうちの一四個であること、これに貼付されたビラも右検修詰所に貼られたビラと同様の規格(但し右国鉄労組札幌地本と印刷された部分に国鉄労働組合と印刷されたものもあった)で、右ビラの白紙となっていた部分に、前記原告池岡、同秋葉の具体的行動について認定したとおりの文言が白地に赤または青色の文字で、或は色地に白抜きの文字で印刷されたものであったことが各認められ右認定に反する証拠はない。

(4) 争いのない事実によると、札幌駅分会あるいは運転区分会所属の組合員は、前記のとおりの経過を経て、昭和四四年四月の春斗に際し、札幌駅においては小荷物など事務室備付けのロッカー合計一九九個に約四〇〇枚のビラを貼り、札幌駅輸送本部においては、操連詰所備付けロッカー合計五五個に約一〇〇枚のビラを貼り、札幌運転区においては検修詰所備付けロッカー合計五六個に五六枚のビラを貼ったものである。〕

≪証拠省略≫を総合すれば、本件ビラの貼付がなされた当時、控訴人ら所属の労働組合である国労は、未だ具体的に争議行為の実行に突入していなかったが、当時同組合において計画していた昭和四四年春闘の目標である賃上げ、及び合理化反対の要求を組合員各自がみずから確認し合って、その意思を統一し、もって組合の団結力の昂揚をはかり、合せて被控訴人当局に右要求をアピールする等のために本件ビラ貼付の行動を組合員に指令し、実行せしめたこと、当時、右組合が被控訴人から文書の掲示を許可されていた組合掲示板には必要な多数の文書の掲示がなされていたため本件のようなビラを右掲示板に貼付する余地は全くなかったこと、本件ビラが貼付された札幌駅輸送本部操連詰所、及び札幌運転区検修詰所は、右ビラ貼付行為がなされた当時においては、いずれも、旅客その他の一般公衆は全く出入りしなく、控訴人らの職員が休憩や就労前の準備をなす等のために使用する場所であるところ、同所を使用する大部分の職員は右同組合員であり、ただ小人数の管理職等の職員が同所の一部で事務をとり、就労しているにとどまることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右(一)に認定の事実によれば、右(一)に認定のとおり控訴人らが本件ビラを貼付したロッカーは、被控訴人が所有管理する物的施設の一部を構成するものであるところ、被控訴人は、その管理する施設に許可なく文書等を掲示することを禁止し、被控訴人の職員で構成された国労等の労働組合に対しては、掲示板の設置を認めて、同所だけに右組合の文書を掲示することを許容していたため、右(一)に認定のとおり、控訴人らの上司である助役らが控訴人らに対し右ロッカーに本件ビラを貼付しないよう命令したにもかかわらず、控訴人らは、これを無視して右ロッカーに本件ビラの貼付を強行したことが認められる。

しかしながら、控訴人らのなした本件ビラ貼付の行為は、その所属労働組合(国労)が計画していた昭和四四年春闘の要求貫徹を目標として右組合の団結力の昂揚等をはかるために、右組合の指令に基づく組合活動としてなされたものであることは右(一)に認定の事実により明らかであるところ、右組合はいわゆる企業内組合であることが認められるので、その活動も職場を中心として展開せざるを得ない実情にあることが窺われるが、右組合が積極的に要求目標を掲げて団体行動を行なう場合において、その運動を成功に導く団結力の昂揚等に必要な情宣活動を行なうためには、被控訴人から許容されている組合掲示板だけを使用しても不十分であるばかりか、これを使用して右情宣活動を行なってもほとんどその効果は期待し得ないことが推察できることなどを考え合すと、控訴人らが右ロッカーになした本件ビラ貼付行為について、単に被控訴人の許可を得ていなかった点だけをとらえて直ちにこれを違法視することは妥当でなく、労働組合として本件ビラ貼付行動をなす必要性、その枚数、記載文言の内容、右貼付行為による直接の業務阻害の有無等の諸般の事情を考慮してその違法性を判定すべきであると解するを相当とする。ところで、右(一)に認定の事実によれば、本件ビラ貼付行動は、控訴人ら所属労働組合(国労)が当時計画していた昭和四四年春闘の要求貫徹を目標として右組合の団結力の昂揚等をはかるためになされたもので、本件ビラの記載文言も、右要求目標に相応する内容を有し、被控訴人、その他の第三者の名誉を毀損したり、他からひんしゅくをかうものでもなく、右要求運動にとって効果をもたらす一戦術となり、その必要性が認められること、控訴人らが右ロッカーに貼付した本件ビラは、その規格が比較的小型で、その枚数もさほど多量にわたるものではなく、その剥離後に痕跡が残らないよう紙粘着テープを使用し、しかもかなり整然と貼付され、右貼付された箇所も控訴人らの国労所属の職員が被控訴人からその使用を許容されている各自のロッカーの表側であり、右ロッカーが所在する部屋は、旅客その他の一般公衆は全く出入りせず、管理職等の一部の者が同所で就労しているもののその人数は小数で、一般に多数の国労所属の職員が休憩室として使用している場所であることなどを考慮すると控訴人らが右ロッカーに本件ビラを貼付したことにより右貼付された部屋の居住性は勿論、その美観が害われたものとは認めがたいこと、成程、右ロッカーに貼付された本件ビラは、同所を就労等の場所として使用している国労に所属していない被控訴人の職員の眼にふれるものであるが、控訴人らはその休憩時間中に本件ビラの貼付をなしたものであるうえに、右認定の本件ビラの内容、規格、数量、その貼付された箇所等を考慮すると、控訴人らが右ロッカーに本件ビラを貼付したことにより被控訴人の業務が直接阻害されあるいは施設の維持管理上特別に差支えが生じたとは認め難いこと等の諸般の事情を考え合すと、控訴人らがそれぞれなした前記(一)に認定程度の本件ビラ貼付行為は、正当な組合活動として許容されるべきであると判断するを相当とする。なお、前記(一)に認定の事実によれば、右認定のとおり、控訴人らは、本件ビラ貼付の際これを制止した助役等の上司に対し右制止に反抗する言動に及んだことが認められるが、右に説示のとおり控訴人らのなした本件ビラ貼付行為は正当な組合活動として許容されるものであるところ、控訴人らのなした右言動は、その態様からして積極、かつ攻撃的な反撃行動に出たものとは認めがたいので、控訴人らの正当な組合活動に対する右上司の妨害行為に抗議し、止むを得ずこれを制止する挙に出たにすぎないものというべきであるから、控訴人らの右言動をもって違法な行為であるとはいえない。

(三)  以上説示したところによると、控訴人らがなした前記(一)に認定の本件ビラ貼付行為は、これについて被控訴人の許可を得ていないけれど、正当な組合活動として許容されるべき行為であり、さらに、その際控訴人らがその上司に対しなした前記(一)に認定の言動も行き過ぎた違法な行為とはいえないので、右ビラ貼付行為を禁止あるいは制止した控訴人らの上司の命令は結局のところ不法もしくは不当であるというべきであるから、控訴人らが右命令に従わず右ビラ貼付その他の言動をなしたことをもって、被控訴人の就業規則六六条三号又は一七号にあたる行為をなしたとはいえない。そうすると、被控訴人主張のとおり、控訴人らが右就業規則の各条項に規定する行為をなしたことは認められないので、結局のところ、被控訴人(総裁)は、昭和四四年八月八日控訴人らに対し、何らの処分事由がないにもかかわらず、これあるものとして本件各戒告処分をなしたことに帰するから、右各戒告処分はいずれも無効であるといわなければならない。

三  してみれば、控訴人らの本訴各請求は、理由があり、被控訴人が控訴人らに対しなした右各戒告処分が無効であることを確認すべきである。

四  よって、右と結論を異にする原判決は失当であり、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由があるから、原判決を取り消して、控訴人らの本訴各請求を右のとおり認容することとし、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村利智 裁判官 長西英三 山崎末記)

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